広島高等裁判所 昭和55年(ネ)374号 判決 1982年1月21日
控訴人 伊藤卓夫
被控訴人 国
代理人 笹村將文 山崎豊 ほか四名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決中、控訴人の敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた(なお、被控訴人は本訴請求のうち金員の支払いを求める部分について訴を取下げた)。
当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決該当欄記載と同一である(ただし、原判決二枚目裏一〇行の「棟」の次に「(以下、本件病棟という。)」を、同行の「郵政省共済組合」の次に「(以下、共済組合という。)」を、三枚目表一行から二行にかけての「本件病棟の一部」の次に「(以下、旧売店部分という。)」をそれぞれ加え、同七行目の「右売店部分」を「旧売店部分」と、三枚目裏一〇行の「右契約」を「本件委託契約二条」と改め、四枚目表一行の「建物部分」の次に「(以下、新売店部分)」を加える。)から、これを引用する。
(被控訴人の主張)
一 控訴人の本件キリンレモン自動販売機(以下、レモン販売機という。)の玄関ホールへの移転により、これを利用する者から付近の監視員室の監視員に対して、釣銭や品物が出ないといつた苦情がもちこまれて監視員の執務に支障をきたし、また控訴人の昭和五二年五月から七月にかけての売店の休業ないし営業時間は別紙営業時間表記載のとおりの状況にあつたため、これらの点について、労働組合から広島逓信病院側に対して善処方を申入れがされた。
二 控訴人が旧売店部分から新売店部分に移動した昭和五〇年一二月の前後五か月間における収支計算及び売上高は別紙一覧表記載のとおりであり、売場の移動による控訴人の収入減少はない。
(証拠関係)<略>
理由
一 <証拠略>によると、被控訴人は本件病棟をその所有者である共済組合から昭和三一年四月一日に賃借し、昭和五〇年三月二九日にその一部である旧売店部分を共済組合に売店として使用することを許可したことが認められる。
二 <証拠略>によると、共済組合と控訴人との間に、昭和五〇年四月一日に被控訴人主張の委託契約が締結され、旧売店部分において控訴人が売店業務を開始したこと、及び本件委託契約には次の条項等が定められていたことが認められる。
1 共済組合から営業場所の変更、または使用中止の通告があつた場合は、控訴人はこれに従うこと。
2 営業時間は、月曜日から金曜日までは午前九時三〇分から午後六時まで、土曜日は午前九時三〇分から午後一時までとする。ただし、特別の事情によりこれによりがたい場合は、事前に共済組合の承認を得なければならないものとする。日曜日、祝日は原則として営業しない。
3 控訴人は、所定の様式により、年に一回原価見積書を、毎月売上月計表及び収支計算書を、毎事業年度の損益計算書を共済組合に提出する。
4 後記事由があるときは、契約期間中であつても、共済組合は本件委託契約を解除することができる。ただし、(二)による場合は一か月前までに予告するものとある。
(一) 控訴人が契約の解除を申し出た場合。
(二) 控訴人に経営委託させることを不適当と認めた場合。
(三) 控訴人が正当の理由なく、この契約の全部または一部の履行をしない場合。
(四) 控訴人が正当の理由なくこの契約に違反し、または不当の行為をした場合。
三 本件委託契約が締結された日に、本件バヤリースオレンジ自動販売機(以下、オレンジ販売機という。)を旧売店前の廊下に設置することが認められ、控訴人がこれを設置したこと、昭和五〇年一二月病院の庁舎増改築工事の施行に伴つて売店の移動が必要となり、前記約定に基づき控訴人に対して営業場所の変更を通告し、控訴人は同月二六日に営業場所を新売店部分に移動し、オレンジ販売機を売店前の廊下に移動させたことは、当事者間に争いがなく、<証拠略>によると、被控訴人は共済組合に対し、昭和五一年四月三〇日に新売店部分を売店として使用することを許可したことが認められる。
四 被控訴人主張の、控訴人の違反行為について検討する。
<証拠略>を総合すると、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
1 控訴人は昭和五一年七月一四日に、共済組合に無断で、新売店前の廊下にレモン販売機を設置し、電気の使用を始め、そのころから商品を廊下にはみ出して陳列するようになつた(ただし、右販売機の設置については、昭和五二年三月二日に営業場所を新売店部分とすること等の改定契約が書面化された際に、その設置場所を新売店部分付近階段横と指定して許可された)。
2 控訴人は、昭和五二年五月から別紙営業時間表記載のように右時間を短縮したり、所定の休業日以外に休業したりしたため、入院患者等売店利用者から多くの苦情が出るようになつた。
3 共済組合は、本件病棟のスプリンクラー工事等施行のため、同年五月二四日に控訴人に対し、七月五日から八月五日までの間新売店部分での営業を中止し、商品を移動するよう申し入れたが、控訴人は休業することを告げ、六月二五日にレモン販売機を無断で本件病棟玄関ホールに移動設置し、同月二七日には売店シヤツターに「店主の許可なく無断持出を禁ずる」等を記載した掲示を貼りつけて売店を閉店した(そのため新売店部分付近の右工事は、共済組合の説得によつて控訴人が諒解するに至つた一〇月一八日まで施行することができなかつた)。
4 同年一〇月二七日から新売店部分の営業が再開されたが、控訴人は、(イ)前記玄関ホールに移動していたレモン販売機を所定の位置に移動せず、(ロ)営業時間を一時間ないし一時間三〇分短縮し、(ハ)商品を廊下にはみ出して陳列し、(ニ)売上月計表等諸報告を共済組合に提出しない。
五 以上のような事実関係により、共済組合は、同年一二月一〇日、一七日、昭和五三年一月一四日の三回にわたつて内容証明郵便により契約履行の催告を行つたが、控訴人がこれに応じなかつたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>によると、共済組合は同年二月二二日に内容証明郵便により控訴人に対し、前記債務不履行を理由に本件委託契約を同日限り解除する旨の意思表示をし、右書面は同日控訴人に到達した(控訴人は受領拒絶しているが、それによつて到達の効力は妨げられない)ことが認められる。
六 控訴人の権利濫用の主張について判断する。
控訴人は、新売店部分への営業場所の移転は、本件病棟の増改築が完了するまでの一時的なものとして移転したものであり、また新売店部分は狭いうえに気温が上昇する等のため、売店としての用をなさず、毎日僅かの売上げしかないので、生活ができ難い旨主張し、当審証人正田守の証言及び原審における控訴人の供述中には、右主張に副う部分がある。しかし、右正田証言は控訴人からの伝聞であり、控訴人の供述は後掲証拠に対比して信用できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
かえつて、<証拠略>を総合すると、本件病棟の増改築については、設計段階から、旧売店部分は売店として使用されないことになつていて、その旨は控訴人に伝えてあり(前記四1認定のように、控訴人も昭和五二年三月には営業場所の改定契約の書面作成に同意している)、また旧売店部分から新売店部分に移動した昭和五〇年一二月の前後五か月間の収支計算及び売上高は別紙一覧表のとおりであつて(ただし、右一覧表の「営業経費」について昭和五〇年八月分を三万三二一〇円、同年一〇月分を二万七一二〇円、同年一一月分を三万〇五七〇円、同年の小計を一三万三二四〇円、その平均を二万六六四八円と、「売上から営業経費を引いた金額」について前記各月分を順次七万〇八九〇円、七万二〇八〇円、七万六五二〇円と、前記小計を三九万八七一〇円、その平均を七万九七四二円と、「期首商品」について昭和五一年三月分を二七万八〇八八円、同年四月分を二五万七〇五二円と改める)、新売店部分に移動後の収益の方が増加していることが認められる。
他に、共済組合の前記催告及び契約解除の意思表示が権利の濫用と認めるに足りる証拠はない。
七 以上によると、本件委託契約は昭和五三年二月二二日限り解除終了したことになるところ、弁論の全趣旨によると、控訴人は同日以降も引続いて新売店部分を占有し、本件の販売機二台を設置して営業を継続していることが認められるので、控訴人は共済組合に対し、新売店部分の明渡し及び本件販売機二台の撤去をする義務がある。
八 以上の次第で、共済組合を代位しての被控訴人の本訴建物部分明渡し及び自動販売機撤去請求は理由があるのでこれを認容すべきものであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は棄却すべきものである。
よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 辻川利正 梶本俊明 出嵜正清)
収支計算・売上高一覧表 <略>
営業時間表 <略>
〔参考〕 一審における当事者の主張
一 原告の主張
1 原告(所管中国郵政局)は別紙目録(略)記載(一)の広島逓信病院棟を昭和三一年四月一日所有者郵政省共済組合から賃借して現在まで病院として管理運営している。
原告は昭和五〇年三月二九日共済組合に対し本件病棟の一部を売店として無償使用することを許可した。
2 共済組合は被告との間に同年四月一日共済組合員および入院患者等の福利厚生に寄与するとともに公務の能率的な運営に資する目的の下に広島逓信病院売店業務を被告に委託する旨の「福祉事業に関する経営委託契約」を締結した。共済組合は右契約に基づき右売店部分を被告に無償使用させ、被告は同所において売店業務を開始した。右契約の一六条には契約解除に関し、次の各号の一に該当するときは契約期間中であつても共済組合はこの契約を解除することができるとされている。(一)被告が契約の解除を申し出た場合。(二)被告に経営委託させることを不適当と認めた場合(一か月前までに予告する)。(三)被告が正当な理由なくこの契約の全部又は一部を履行しない場合。(四)被告が契約に違反し、又は不当の行為をした場合。右の各場合において共済組合は被告に対し補償の責に任じないものとする。
3 原告と共済組合は同日本件委託契約が存続する間被告が別紙目録記載(四)の自動販売機を売店前の廊下に設置することを認め、被告はこれを設置した。
4 昭和五〇年一二月病院の庁舎増改築工事の施行に伴い右売店の移動が必要となり、共済組合は右契約に基づき被告に対し営業場所の変更を通告し、被告は同月二六日営業場所を別紙目録記載(二)の建物部分に移動し右自動販売機を新売店前の廊下に移動させた。
5 ところが被告は数々の本件委託契約違反行為および新売店部分以外の本件病棟無断使用行為を行つたので、共済組合は再三にわたり契約の履行を要求し、原告から右無断使用禁止を要求したが被告はこれに応じなかつた。
被告の右契約違反行為および本件病棟無断使用行為を列挙すると次のとおりである。
(1) 昭和五一年七月初旬原告らに無断でルームクーラーを取り付けようとして制止により中止した。
(2) 同月一四日原告らに無断で売店前の廊下に別紙目録記載(三)の自動販売機を設置し電気を無断で使用し始めた。
(3) 昭和五一年七月ごろから原告らに無断で廊下にはみ出して商品を陳列し始めた。
(4) 原告らに無断で売店前の庁舎ガラス窓に商品宣伝ビラを掲出した。ただし、昭和五一年九月二日注意されて撤去した。
(5) 原告らに無断で会計課倉庫に商品(しめ飾り)を大量に格納した。ただし、昭和五一年一二月下旬注意されて撤去した。
6 その後、昭和五二年三月二日共済組合と被告との間に、被告の営業場所を新売店部分に変更し、本件委託契約の契約期間を昭和五二年三月三一日までとする旨の「福祉事業に関する経営委託契約改定契約」が締結された。
なお、原告は共済組合に対し昭和五一年四月三〇日新売店部分を売店として使用することを許可している。
7 しかるに、その後も被告は本件委託契約違反行為及び本件病棟無断使用行為を次のとおり累行した。
(1) 昭和五二年五月ごろから売店の営業時間を不規則にさせ、午前中だけの営業をしたり、あるいは休業日を共済組合に無断で増加させるなどの本件委託契約書一一条違反行為を行つた。そのため入院患者等売店利用者からの苦情が続出する状態に至つた。
(2) また同年五月二四日庁舎のスプリンクラー工事等施工のため、本件委託契約二条に基づき、共済組合が七月五日から八月五日まで売店を閉店し商品を移動するよう被告に申入れたところ、被告はこの申入れに応じないばかりか同年六月二五日原告らに無断でキリンレモン自動販売機を本件病棟玄関ホールに移動させた。そして、同キリンレモン自動販売機のコードの差込みを故意に右玄関ホールに存在するコンセントに差し込むことにより、病院のコンセント口から電気を無断で使用し始めた(同電気無断使用は現在まで継続している。)。
その上、売店シヤツターに「店主の許可なく無断持出を禁ずる」等の掲示文を貼り付けて共済組合に無断で売店を閉店させた。
(3) その後一〇月一八日被告が売店内のスプリンクラー工事を行うことを諒解し、工事が完了した。そして同月二七日から売店の営業が再び開始されたが、被告は依然として左記のような本件委託契約違反行為及び本件病棟無断使用行為を継続しており正常な売店業務は運営されていない。
(一) キリンレモン自動販売機を玄関ホールから移動しない。
(二) 売店の営業時間を共済組合に無断で一時間ないし一時間三〇分短縮している。
(三) 原告らに無断で商品を廊下にはみ出して陳列している。
(四) 売上月計表等諸報告が共済組合に提出されない。
8(1) そこで共済組合は、売店の正常な運営を図るため被告に対し昭和五二年一二月一〇日、同年一二月一七日及び昭和五三年一月一四日の三回にわたり内容証明郵便をもつて契約履行の催告等を行い、その他口頭及び電話で何回も契約履行の催告を行つたが被告は右催告に応じなかつた。
(2) しかし、このままの状態では到底正常な本件委託契約の履行は望めないので、共済組合は被告に対し昭和五三年二月二二日契約不履行を理由として本件委託契約を解除する旨及び翌年度の契約は更新しない旨の通知を内容証明郵便で送達し、同内容証明郵便は同日被告に到達した。更に共済組合は同月二五日電話で同旨の通知を被告に対し行つた。
(3) したがつて、本件委託契約は昭和五三年二月二二日、右契約書一六条一項二号、三号、四号により、又は民法五四一条により解除されたので、被告は右日時以降新売店部分を占有使用する権限を失つた。また被告は同日時以降バヤリースオレンジ自動販売機を本件病棟内に設置する権限を失つた。
仮に右解除の効力が発生しないとしても、共済組合は本件委託契約書一七条二項の契約解除の通知を契約満了日(本件改定契約書三項及び本件委託契約書一七条二項により、昭和五三年三月三一日である。)の三〇日前までに通知したので、本件委託契約は昭和五三年三月三一日をもつて満了した。したがつて、被告は昭和五三年四月一日以降新売店部分を占有使用する権限及びバヤリースオレンジ自動販売機を本件病棟内に設置する権限を失つた。
9 しかしながら、被告は右各日時以降も新売店部分を占有し、バヤリースオレンジ自動販売機を本件病棟内に設置して現在に至るまでなお営業を継続している。
また、被告は何らの権限もなくキリンレモン自動販売機を本件病棟玄関ホールに設置して現在に至つている。
10 また、被告は原告に対し昭和五三年四月一日から新売店部分の電気の使用により月額金六七六円の割合による、昭和五一年七月一四日から前記のキリンレモン自動販売機の使用により月額金一三六二円の割合による、昭和五三年四月一日から前記のバヤリース自動販売機の使用により月額金一三六二円の割合による各電気料相当の損害を与えている。
よつて、原告は被告に対し本件病棟の所有者である共済組合に代位して、新売店部分の明渡しならびにバヤリースオレンジ自動販売機及びキリンレモン自動販売機の本件病棟内からの撤去を求めるとともに右撤去に至るまでの電気料相当の損害金の支払を求める。
二 被告の主張
原告主張3、4の事実、8の事実中内容証明郵便による催告を受けた事実は認める。その余の原告主張の事実は争う。
被告は昭和三三年三月病院長からの要望により患者の便宜をはかるため売店を開設することになつた。開設の場所は病院玄関正面で広さも約六坪あり患者の要望により商品の種類数量を増加し昭和五〇年まで被告夫婦が営業に当り生活できるようになつていた。
しかるに病院は昭和五〇年に改築することになり改築完了までの一時的なものであるからということで旧病棟の倉庫に移転させられた。同所は四畳半位しかなく窓もなく入院患者も通行しない所であり夏は四五度に気温が上昇し食物はおけないので売店としての用はなさず毎日わずかの売上しかなく被告夫妻の食費も出ない状況であつたが永年の営業であるから止める訳にもゆかず辛抱して居た。しかるに新病舎ができたのに従前の場所に見合う所に移転させてくれない。これは被告の営業権、賃借権を無視し追出しを策しているものであり権利の濫用である。